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山崎 哲秀

  • 北極圏を犬ぞりで遠征する極地探検家
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2012年5月

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影響を受けた方たち(その2) / 山崎 哲秀

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201205192 影響を受けた方たち。今日はその2。もう一人の僕にとってのオヤジ、「渡辺興亜」先生。

 アマゾン川イカダ下りのあと、僕は北極へとのめり込んでいったのだが、最初の頃はまだどちらかといえば、記録を意識するような「冒険心」がスタートでトゲトゲしていた。そんな中で今の北極活動の意識、方向性、面白さ、を持たせてくれたのが渡辺オヤジだった。2223歳の頃だったか、ひょんなことから極地研究者である渡辺興亜先生を紹介して頂いた。やはり渡辺オヤジも、前回の冨山オヤジと同じく親分肌で、日本の南極地域観測隊を始め、北極での観測調査をグイグイと引っ張ってきた方で、視野が広く、極地探検+日本の極地観測という両方の観点から、1015年その先と長期展望で計画を進めていく先見の目を持っている、これまでに僕が出会ったことがないタイプの研究者だ。北極での観測調査隊、そして第46次南極地域観測隊と多くの極地観測調査に参加させてもらって、今の僕の北極活動の意識と方向性を持たせてくれた。すでに73歳という高齢にも関わらず、まだ日本の極地観測の今後を見据えての意識は、凄く影響を受けるものであり、僕には研究者という肩書きはないが、「設営」という面で、引き継いでいきたいと思っている。

写真:「僕の操る犬ぞりに乗ってもらう」という、兼ねてからの約束を2009年に実現できた。この先の展望があります。一緒に北極でのフィールド活動もしたいですので、まだまだ元気でいて下さい。

影響を受けた方たち(その1) / 山崎 哲秀

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201205131

 高校を卒業してすぐに親元を離れ上京し、今の道を進み始めた。それからまだ2627年だけど、その中で多くの方たちに出会って、特に影響を受けた方がいる。そんな出会いを何度かに分けて書いてみたいと思う。今日はその第1回目。

 僕には3人の「オヤジ」と呼べる人がいて、実父はさておき、今日はその中の1人のオヤジのことを書いてみよう。

上京後、アマゾン川イカダ下り、北極へと活動が続いていくのだが、当時僕は工事現場のアルバイトをして、資金を貯めては海外へ出かけるという生活を続けていた(今もそんなに変らないが・・)。その頃はバブルが終ってからも、まだアルバイトで稼ぎやすい時代だった。アルバイトといえども、同じ仕事場に何度も出入りを繰り返すのは、なかなか許されないのが普通だが、それを受け入れてくれたのが地質調査(ボーリング)会社を営んでいた「冨山弘人」社長だった。お金を使い果たして、日本に帰ってきては働かせてくれた。地質調査という名前だけでは簡単な作業を連想するが、ボーリングマシンを用いる力仕事であり、危険も付いて回る現場作業だ。冨山社長は関東の地質調査業界ではちょっと名前の知れた技術の持ち主で、現場仕事をするにあたっての段取りや、また現場での統率力、回転の良さ、腕(技術)のどれをとっても一流だった。こういった生き方をすることへの理解も示してくれるくらいだから、人間としての懐も大きかった。それらの姿は僕自身も大いに影響を受けたし、また北極で活動するに当たっても、繋がるものがあった。いいものをどんどん吸収させてもらった。今なおも、こうして北極活動を継続出来ているのは、若い頃に冨山オヤジに鍛えてもらったことは間違いない。そんな冨山オヤジも数年ほど前に病気で他界してしまった。その年に北極へ出かける直前に、病院でお会いした時に交わした「今の北極活動が形になったら次は報告に伺います。」という約束は、いまだ果たせていない。その日が来るように、まだまだこの先、北極でやっていく。

写真上:冨山オヤジ(右)と三宅島に地質調査に行った時のスナップ(山崎は右から2番目)。

写真下:やぐらの上で作業をしている様子(確かこの現場は晴海ふ頭周辺)。山中、海洋上も含め、関東一円あちこちと現場を回った。

201205132

週末 / 山崎 哲秀

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帰国後、最初の週末は・・。有佐&ワンコたちと少しのんびりしました。

写真:夕方に近くの淀川、河川敷で。

20120512

帰国、そしてまた / 山崎 哲秀

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20120509 昨日8日に日本帰国。体重を計ってみると通常より67kg減の65kg。遠征中の禁酒を解除して、大好きなビールを飲みながら体重を増やすことにしよう。

そしてまた、67月の2ヶ月間、グリーンランドでの観測調査に参加のため、装備の準備を始めている。その他、出発までにやっておかないといけないことがたくさんある。

写真:装備の準備を始める。

Special thanks / 山崎 哲秀

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201256日(日)(その2) イエローナイフ 曇り

201205065

 今シーズンもレゾリュートでは、活動にあたってたくさんの方達にお世話になりました。その中でいつも特別にお世話になる二組の御夫妻。

まずは地元で宿泊施設「South Camp Inn」を営むアジイ&アリーサック御夫妻。毎シーズン長期滞在にあたって、宿泊費などの配慮も含め、かなりの経済的軽減支援とロジスティック支援を頂いてます。奥さんのアリーサックさんは女がてら凄腕の猟師です。

そしてサイレス&サエコさん御夫妻。産休を迎えたり、体調を崩して犬ぞり旅行に行けない犬たちをいつも見てくれ、また次シーズンの準備のため夏季の日本帰国中には、犬たちのケアを引き受けてくれてます。なんでも旦那さんのサイレスは、犬ぞりを始めるかも?

特にこの二組の御夫妻には頭が上らず、お礼を伝えて帰国したいと思います。

写真上:(上段)アジイさんと。(下段)スノーモービルでの補給時。左がアリーサックさん。

写真下:サイレス&サエコ夫妻と犬ぞりでピクニックに行った時に。

20120506

その後の「パミウリ」 / 山崎 哲秀

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201256日(日)(その1) イエローナイフ 曇り

201205063 発情期後、体調を崩して一時は全く動けなかった「パミウリ」。ほんとは今後の再発防止のために、避妊手術を受けたほうがいいと思われるが、場所が場所のため難しい。薬の投与を続けた末、なんとか自力で歩いて食べれるまでに回復したが、このあとこのまま元気でいてくれるかは、何とも言えない。来シーズンまた一緒に走れることを願って・・。

写真:帰国前の「パミウリ」。

帰国の途に / 山崎 哲秀

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201255日(土) レゾリュート 晴れ、イエローナイフ 雨

201205051

久々に雨を見た。昨日のフライトがキャンセルとなり、今日レゾリュートからイエローナイフへと移動。イエローナイフは雨。

シーズンの終わりは、いつも日本へ帰ることに不安が募る。そして、また来シーズンここに戻ってこれますように・・。

写真上:コンテナに収納の装備。写真下:1ヶ月を過ぎた「パニッ」と。後ろは母犬の「コウ」。

201205052

間もなく・・ / 山崎 哲秀

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2012年4月30日(月) 晴れ -17.9℃

201204301 装備・荷物の後片付けもだいぶ目処がついた。殆どはこっちにデポしておく(保管しておく)装備類で、装備リストも一通り作成し終えた。犬たちも夏の間をこちらで過ごすために、色々と段取りしたり世話をしてやったりしないといけない。僕の北極は、犬たちも含めての北極遠征だ。手抜きはしない。

来シーズンに向けての準備をまた日本で始めないと間に合わない。54日にレゾリュートを後にして、ゴールデンウィーク明けの58日に日本帰国の予定です。

写真:夏を過ごす体勢の犬たち。

「パミウリ」の不調 / 山崎 哲秀

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2012425日(水) 晴れ -23.7

20120425

4月に入って発情期を迎えた「パミウリ」。その後「つわりが来たか?」と喜んでいると、様子が普通ではない。経過を見ていたのだが、どうも子宮蓄膿症の疑いあり(殆ど何だかの感染症だと思う)。治療・手術を薦められたが、動物病院へはレゾリュートからでは、日本でいうと外国に飛行機に乗って行く感覚だ。持参している薬品を投与して、出来る介抱を続けている。北極の活動はこれからも終わりは

ないのだけれど、今シーズンも最後まで気を休ませてはくれないなあ・・。チームに馴染んでリーダー犬としても力を発揮し始めて、来シーズンを楽しみにしてたのに、何とか生き延びてくれ。頑張ってくれよ・・。

その後の犬たち / 山崎 哲秀

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2012417日(火) 晴れ -18.7

 今シーズンも元気に走ってくれた我がチームの犬たち。その後の近況報告を。

まずは327日に「コウ」が産んだメスの仔犬は順調に大きくなっていて、数日前には両目が開いた。名前は「パニッ」と名付けた。この「パニッ」はエスキモー語で、「(私の)娘」という意味で、親が自分の娘を呼ぶときに「パニ~ッ(娘~)」と呼んでいるのをよく耳にする。もうすぐ一ヶ月を迎えるが、このまま順調に育ってくれますように。母犬の「コウ」も元気だ。

そして変化があったのは、1月にイエローナイフから来た2頭のメス犬「ケガッ」と「パミウリ」。前にブログで書いたように、この2頭は折り合いが悪くケンカばかりして、一緒にチームで走らせるとどうしても輪を乱してしまい、手のつけようがなかった。思案した末に2頭を引き離すことに決めた。公称23歳という「ケガッ」は、どうも実際は老犬だったようで、他の犬たちの走行にも付いてこれなかったので、残念ながら手放した。功を奏するとはこのことか、それからの「パミウリ」が見違えるようにソリ曳き犬らしくなり、エスキモー語の号令もあっという間に覚え、なんとリーダー犬としても力を発揮し始めた。一体イエローナイフで、何が2頭の相性をそうさせたのだろう?

生後3ヶ月で犬ぞりレッスンを始めた「ルータ」&「ルーク」は、今や立派なソリ曳き犬だ。間もなく6ヶ月になるが体力もあり、犬ぞり旅行中はグイグイとソリを曳き続けた。チーム最年長となったボス犬「ルッキ」は、今シーズンもまだまだ健在。「リク」は所々でリーダー犬を務めてくれた。「アミッ兄弟」も相変わらずの馬力。「アプ」と「カヌッルンニ」のベテラン組みもよくやってくれた。中堅の「シン」も元気で、いずれボス犬になるかな?夏に野良犬をしていた「キャヨット」はガッチリと逃げられないように確保し続け、ソリ曳き犬の任務を果たしてもらった。やや心配なのは2歳の「ボタン」&「ゴードン」兄弟で、昨シーズン犬ぞり旅行が出来なくて、みっちり教え込むことが出来なかったからか、サボり癖の気配あり、すでに遅すぎる可能性もあるが、かなり手厳しくもう一度教え込んだ。

とにもかくにも、みんな元気で頑張ってくれた。

写真:生後3週間ほどの「パニッ」。

2012020417